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『源氏物語』は、十一世紀初頭に紫式部が作った物語で、平安女流文学の代表作です。

作者の紫式部は、九七三(天延元)年ごろ、中流貴族の藤原為時(ためとき)の
娘として生まれました。本名は定かでなく、「紫式部」という呼び名は『源氏
物語』の女主人公「紫の上」に由来するといわれます。九九八(長徳四)年に藤原宣孝
(のぶたか)と結婚、娘の大弐三位(だいにのさんみ)をもうけますが、三年後に
夫と死別、その頃から『源氏物語』の創作を始めた、とされます。一〇〇五
(寛弘二)年ごろ、藤原道長の娘で、一条帝の中宮である彰子のもとに出仕し
ます。当時の男性の必須の学問であった漢文に通じ、「日本紀の御
局(にほんぎのみつぼね)」とあだ名されたことなど、宮廷での暮らしぶりは、
同じ作者の書いた『紫式部日記』などから知ることができます。
この物語は、主人公たちの生活を見聞きした作中世界の中にいる女房が、「語
り手」となって語って聞かせる、という文体で書かれています。当時の物語が、
絵を見ている姫君に女房が語って聞かせたからだ、ともいわれますが、実際に
はもちろん音読だけでなく、独りで黙読したり、書き写したりしても楽しまれ
ていました。
作中世界は、『源氏物語』の成立時より数十年さかのぼった
延喜・天暦あたりの時代に設定されているともいわれ、一種の時代小説的な性
格を持っています。しかし、もちろん歴史的事実を踏まえるとはいえ、『源氏
物語』はあくまで独自なフィクションの世界です。また、当時の物語に好まれ
たストーリー展開の方法などを、『竹取物語』や『伊勢物語』など、すでに知
られていた物語から、多く学んでいると思われます。
作中には七百九十五
首の和歌が含まれ、地の文に古歌の一節を引用する「引歌(ひきうた)」の技法
が用いられています。作中人物の対話や心中の思いなどを、巧みな表現で描い
ており、人の内面を掘り下げたものとなっています。

『更級(さらしな)日記』の作者が愛読したように、『源氏物語』は成立当時か
ら人気を博し、のちの物語・美術・謡曲などにも大きな影響を与えました。二
千円札で知られる「源氏物語絵巻」は平安末の作で、物語のすぐれた解釈を含
んだものとして高く評価されています。また、和歌のお手本とされたことから
古くから研究の伝統があり、なかでも江戸時代の国学者本居宣長(もとおりの
りなが)が『源氏物語玉の小櫛(たまのおぐし)』で、「もののあはれ」と評し
たことは有名です。
明治以降、与謝野晶子・谷崎潤一郎・円地文子・瀬戸内寂聴などの作家の現代
語訳が次々に生まれました。田辺聖子の抄訳、光源氏の告白の文体の橋本治の
『窯変源氏物語』、大和和紀の漫画『あさきゆめみし』なども親しまれていま
す。そのほか、アーサー・ウェイリーやE・G・サイデンステッカーの英訳の
ほか、独・仏・韓国・中国語訳などがあり、世界的に紹介されています。

一般に、全五十四帖を三部に分けます。
【第一部】
「桐壺(きりつぼ)」〜「藤裏葉(ふじのうらば)」(三十三帖)
光源氏の栄華への軌跡の物語
【第二部】
「若菜(わかな)上」〜「幻(まぼろし)」(八帖)
光源氏の晩年の憂愁の物語
【第三部】
「 匂宮(におうのみや)」〜「夢浮橋(ゆめのうきはし)」(十三帖)
光源氏次世代の、薫(かおる)や 匂宮(におうのみや)の物語
特に最後の十帖(「橋姫(はしひめ)」〜「夢浮橋」)を「宇治十帖」と言います。

桐壺の更衣(きりつぼのこうい)は、桐
壺帝に身分不相応に寵愛され、第二皇子まで産んだため、右大臣の娘で第一皇
子の母である弘徽殿の女御(こきでんのにょうご)らに妬まれて病死しまし
た。桐壺帝は、この優れた美質を持つ、後見のない第二皇子の将来を心配し、
「源」の姓を与えて臣下としました。 「光源氏」です。光源氏は、左大臣の
娘葵(あおい)の上との政略的な結婚に心馴染めず、亡き母によく似た桐壺帝の
寵妃の藤壺(ふじつぼ)の宮に憧れます。やがて二人は密通し男の子が産まれま
すが、この密通の事実は隠され、不義の子は桐壺帝の第十皇子となり、のちに
帝位につきます。こうして帝の実父となった光源氏は、結果的に、いったん遠
ざけられた天皇の位に、常識を越えた方法で近づくことになります。
光源氏は藤壺への満たされない恋を埋め合わせるかのように、その姪にあたる紫
の上をはじめ、空蝉(うつせみ)・夕顔(ゆうがお)・末摘花
(すえつむはな)・六条(ろくじょう)の御息所(みやすどころ)・朧
月夜(おぼろづきよ)・花散里(はなちるさと)などの女たちと、恋を重ねます。
これらの恋は、時には光源氏の運命を大きく左右しました。とりわけ、弘徽殿
の女御腹の第一皇子が即位して朱雀(すざく)帝となった時代には、光源氏は
須磨・明石に身を潜める不遇な一時期を過ごします。やがて都に帰った光源氏
は、不義の子が冷泉(れいぜい)帝として即位したため、権勢家となり、関わっ
た女たちを「六条院(ろくじょういん)」と呼ばれる壮大な邸に集めて暮ら
します。明石の地で得た娘、明石の姫君は東宮(とうぐう)に入内(じゅだい)し、
光源氏は天皇を退位した人に匹敵する処遇である「准太上(じゅんだいじょ
う)天皇」の位を受け、栄華をきわめました。

出家を願う朱雀院は、愛娘女三の宮(おんなさんのみや)の将来を懸念し、光
源氏に託そうとします。光源氏は、女三の宮が紫の上と同じく藤壺の宮の姪で
あることに心動かされ、結婚を承諾するのですが、予想外に女三の宮は未熟だっ
たのでした。光源氏はかえって紫の上への愛情を深めますが、高貴な正妻の出
現に、紫の上は孤独な日々を送ることになります。一方、女三の宮の求婚者の
一人だった柏木(かしわぎ)は、宮を諦めきれず、とうとう密通してしまいま
す。女三の宮の不義の子の薫(かおる)を、実子として抱くことになった光源氏
は、若き日の自分の罪を思うのでした。紫の上は、出家を願いながらも光源氏
に許可されないまま亡くなり、光源氏はその死を悼みながら出家の準備をする
のでした。

女三の宮と柏木との不義の子の薫は、現世の栄華に心馴染めず仏道に傾倒して
います。 薫は、世捨て人八の宮(はちのみや)を仏道の友と仰いで宇治に通う
うちに、その娘大君(おおいきみ)に惹かれ始めます。八の宮の死後、薫は大君
に求婚しますが、大君は妹中の君との結婚を薫に勧め、自分の薫への思慕を心
の奥に封じようとするのでした。薫は中の君を匂宮(におうのみや)に結びつ
け、大君の決意を促しますが、大君は薫の求愛を拒んだまま亡くなってしまい
ます。
中の君は、大君の死後、懸想をしかけてくる薫がわずらわしく、大君によく
似た異母妹浮舟(うきふね)を紹介します。やがて薫・匂宮の両方と関係を持っ
た浮舟は、板挟みになって入水(じゅすい)を決意するのでした。横川(よかわ)
の僧都(そうず)に助けられた浮舟は、小野(おの)の里で尼になり、薫の迎えに
も応じないまま、物語は幕を閉じることとなります。
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